2017年12月28日

被災地の女性手仕事プロジェクト 来年に向けて

被災地の女性手仕事プロジェクトも活動開始から来年で7年目を迎えます。
活動を始めた2011年6月、震災の後、仮設住宅が整備され始め避難所から
被災された方達が仮設住宅に移られた頃、以前住まわれていたコミュニティ
とは関係のない新しい環境に置かれ、毎日何もすることが無く孤立した状況
にある等との新聞報道がありました。

そんな折に私共「NPO法人きものを着る習慣をつくる協議会」が震災の年の
4月から活動を開始した「きもの支援活動」の中で、全国のきものファンより
支援頂き被災地にお届けする「きものや帯等」の中で汚れや破損でお渡し出来
ないものが出ており、そのきもの等を利用してそのような方達の中で手仕事に
興味がありやってみたい方達を募り活動を開始、やりがいと収入を得て頂く為
の手段として、ものづくり活動を始めました。

そして初めて手掛けた「幸☆星コースター」(コースター)は全国な方々より
大変好評を頂き、活動開始の大きなバネとなりました。

その後、「福幸ピエロのシューズキーパー」や「さくらコースター」の定番
からはじまり参加メンバー独自のバックや小物等々、バラエティーな作品を
お作りになる様になり、「被災地の女性手仕事展」のようなNPO会員様や関係
各所のご支援により販売会も全国各地で開催委頂くなど現在に至っております。

しかしながら、東日本大震災から来年3月で7年を迎え、「震災の記憶の風化」
とともに販売会の回数も減少してきておりますが、せっかく今まで積み重ねた
手仕事の技術と想いを今後も継続し、新たな作品開発や取り組みも含め「被災
地の女性手仕事」の新たな展望を来年の目標とし、取り組んでいこうと考えて
います。

DSCN3182.JPG
初めての手仕事作品「幸☆星」コースター、被災された方達に幸いの星
が巡り来ますようにとの想いから名づけられました。

DSCN3183.JPG
手仕事作品、第二弾の「福幸ピエロのシューズキーパー」

posted by 和 夢 at 10:54| 被災地の手仕事プロジェクト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

「二度と散らないねがい桜」ご奉納 設置場所の打合せ

この時期、北国としては比較的温暖な陸前高田市なのですが、今日は風が
強く雪も交じり、とても寒い一日でした。
そんな中、再来年4月を目途に完了、ご奉納式でお披露目する「二度と散ら
ないねがい桜」※1 の飾り器具設置場所等の打合せのため、ご住職にお時
間を頂き陸前高田市の普門寺様に行って参りました。

※1)現在、陸前高田商工会女性部が主催し被災地の女性手仕事プロジェク
トで製作している「二度と散らないねがい桜」ご奉納プロジェクト。
東日本大震災で犠牲となられた方、18550人の御霊を「二度と散らない桜」
として陸前高田市の海岸山普門寺様にご奉納致します。

現在は1基あたり1800花の「ねがい桜」を飾り器具につけて一部ご覧いただ
けるようにお飾りしていますが、18550花が揃った時点で全ての「ねがい桜」
を1基の飾り器具に取り付け本堂に設置するのですが、天井より吊り下げる
「ねがい桜」と器具の総重量が150sを超えるため設置場所や位置、安全性確
保の為、入念な確認打ち合わせが必要。
2019年4月のご奉納式を目指して、今後も打合せを重ね準備を進めて参ります。

1022 (7).JPG

1022 (4).JPG
この位置に飾り器具を設置しご奉納致します。

1022 (14).JPG

1022 (19).JPG
雪の中の椿の花が綺麗でした。
posted by 和 夢 at 16:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

「書生絣」綿絣のきものの事

藍地に白の小絣で織られた綿の織物「書生絣」。
昔の男子学生さんの、たて襟の白シャツと袴姿が思い浮かびます。
もともと「書生」とは勉学を本分とする者、勉学をする余裕のある者と言う
意味だったようですが、明治・大正期に、他人の家に住み込みで雑用等を任
される学生を意味するようになったとの事。
その書生さんが好んで良く着てた事から「書生絣」と呼ばれていましたが、綿
織物の産地、久留米では「文人絣」とも呼ばれていたようです。

0122 (2).JPG

0122 (1).JPG



posted by 和 夢 at 14:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする